Menu

未来への提言 ZEBと再生可能エネルギー、
そしてスマートグリッド

技術研究所報 No. 28, 2014

東京大学

赤司 泰義

はじめに

ZEBと再生可能エネルギーに関する執筆の機会を頂戴した。これまでそういった研究に直に取り組んだ経験のない筆者にとってはハードルの高いテーマであるが、昨今の建築設備分野がどのような社会状況に置かれているのかを認識するためにも、浅学を顧みず、筆を執った次第である。

読者の中には、既に多くの知見や経験をお持ちの方もいらっしゃると思うので、そういう方々にはご容赦願うとともに、ご指摘やご意見を賜れば幸いである。

ZEBと再生可能エネルギー

ZEBは環境建築分野のフラッグシップであり、世界の潮流でもある。欧米はもとより東南アジアにもZEBの事例が出現しており、今後ますますZEB志向が加速するであろう。地球温暖化や化石資源枯渇といった地球規模の喫緊の課題に対して、建築や都市が果たすべき役割は極めて重要で、平成26年のエネルギー基本計画では「2030年までに新築建築物の平均でZEBを実現することを目指す」ことが明示されている。燃費の良いコンパクトな日本車がそれまでの自動車の価値観を変えて世界を席巻したように、ZEBを通じた建築のパラダイムシフトが期待されている。

日本でZEBが広く認識されたのは、平成21年の「ZEBの実現と展開に関する研究会」がきっかけだと思われる。そこでは、ZEBを「建築物における一次エネルギー消費量を、建築物・設備の省エネ性能の向上、エネルギーの面的利用、オンサイトでの再生可能エネルギーの活用等により削減し、年間の一次エネルギー消費量が正味(ネット)でゼロ又は概ねゼロとなる建築物」と定義している。建築・設備で超省エネを実現しても、人が建物で活動している以上、エネルギー消費量はゼロにはならない。よって、その分を打ち消すようなエネルギーを自然から創り出す必要があり(創エネルギー)、それが再生可能エネルギーということになる。すなわち、ZEBと再生可能エネルギーは一体に考える必要がある。

ZEBを支える太陽光発電

最近の3E+S(Energy Security:安定供給、Economic Efficiency:経済効率性、Environment:環境適合性、Safety:安全性)に基づいたエネルギー・ミックスの議論によれば、再生可能エネルギーは、その普及の度合いは依然不透明ではあるものの、化石資源の有限性から、少なくとも現状よりは普及・拡大が進められるべきエネルギー源とされている。

再生可能エネルギーは、地熱発電や風力発電といった大規模集中型と、太陽光発電や太陽熱利用などの小規模分散型に大別されるが、現在の日本のZEB定義ではオンサイトの再生可能エネルギーに限定されていることから、ZEBを支える再生可能エネルギーは、まずは、現在、最も普及していて、今後も高効率化等への技術開発が期待できる分散型の太陽光発電になろう。以下、分散型の太陽光発電を念頭に話を進めたい。

前述の「ZEBの実現と展開に関する研究会」では、ZEBの実現可能性が検討されている。2030年頃までの技術進歩を前提にした場合、ほぼZEBが実現できるのは3~10階建ての低中層ビルとされているが、太陽光パネルの建材一体化(壁面利用など)やサーバーのクラウド化といった一層の技術進歩によって高層ビルも含めた大半のビルのZEB化が可能との試算が得られている。いずれにしても、ZEBを達成するには、建築・設備側の様々な省エネ技術の導入に加えて、太陽光発電を如何に最大限活用し得るかが、極めて重要なポイントになっている。

固定価格買取制度

さて、固定価格買取制度は、電力会社が再生可能エネルギーによって発電された電力を定価格で買い取り、その買い取り費用は電気料金に広く上乗せされる制度だが、これによって太陽光発電の普及が急速に進んだ。しかし、電力の需要と供給は同時同量が原則であり、日本の電力会社の電力系統は、高度なレベルでの最適化が既になされている。よって、そういった状況に出力変動の大きい太陽光発電が加わることによって、せっかくの電力系統が不安定になることが心配されているわけである。

電力会社は、電力系統の安定化のために、送配電網の増強や電圧調整などの設備対策をおこなうことになるが、そういった太陽光発電の普及に伴う様々な手当てを現状の電力系統だけに押し付けることはほとんど不可能で、変動電源を受け入れる上限が生じるのは避け難いと思われる。現在、電力5社が固定価格買取の新規受け入れを停止した問題を受けて、早々と同制度の抜本的な見直しが余儀なくされている。

再生可能エネルギーと
スマートグリッド

容易に想像できることではあるが、このままいけば、太陽光発電による電力の買取価格は低下し、その普及には急ブレーキがかかるだろう。さらに、買取価格が売電価格とほぼ同額、あるいはそれよりも安くなれば、今の形での普及は全く望めず、太陽光発電の電力は蓄電池などのバッファーを介して全て自家消費するしかなくなる。すなわち、エネルギーの地産地消であるが、その言葉のイメージの良さとうらはらに、個々の建物で非常に大きな容量の蓄電池を備えておかねばならないなど、相当に非効率な状況を招く。

よって、分散型の太陽光発電をより一層普及させるには、需要サイドでその電力の変動を吸収するような仕組みが必要である。その仕組みの一つが、現在も国内各地で実証プロジェクトが進められているスマートグリッドである。日本版のスマートグリッドは、エリア内に分散配置された太陽光発電、蓄電池、需要家情報などを情報通信技術を活用して高度に統合制御し、電力系統との効率的な一体運用を可能にするものであるが、どの程度に統合制御できるのかについてはまだ見えていない。

これまで、太陽光発電と蓄電池を前提に述べてきたが、エリア内の分散型の再生可能エネルギー活用という広い観点からは、太陽光発電だけでなく河川水利用や下水廃熱利用といった熱利用や、既に多くのビルに導入されている蓄熱槽をそのバッファーとして有効に活用することも考えられている。この場合の蓄熱槽には、従来の夜間電力の消費先としての蓄熱槽とは全く異なる考え方が求められよう。こういったことは、ライフスタイル・ワークスタイルのあり方も含めた、エネルギーの需要と供給のエリア全体最適化を図るスマートコミュニティ構築への取り組みにつながっている。

再び、ZEBの実現可能性

ここまで、ZEBから再生可能エネルギー、さらにスマートグリッドへと話を進めてきたが、改めてZEBの実現可能性について考えると、オンサイト(建築面積内)における省エネルギーと創エネルギーの重ね合わせだけで実現可能性を評価するのは、やや楽観的ではないかと思う。今後は、オフサイト(スマートグリッドのエリア内)との協調性や制御性、さらにはスマートグリッドのエリア外における電力系統の安定性などを含めた多角的な検討が必要である。そういう意味では、必ずしも建築単体でZEBになっている必要はなく、ゼロ・エナジー・エリアになっていれば良い、という考え方ももちろんあるだろう。

分散型だけでなく集中型の再生可能エネルギーの導入も進むと考えれば、それによって電力系統の一次エネルギー換算係数は小さくなるので、それに基づいて算出されるエリア内の一次エネルギー消費量と、同エリア内の分散型の再生可能エネルギーの利用可能量をどれだけバランスさせることができるかが要目である。

広がる
建築設備技術者の活躍の場

改めて考えると、従来は供給サイドの電力系統だけが最適化されていて、需要サイドの電力負荷はその拘束条件にすぎなかった。しかし、スマートグリッドでは、需要サイドそのものが電力系統の一部として最適化されるということである。このことは、建築設備技術者にとって非常に大きな状況の変化ではなかろうか。

エネルギーのことに関して言えば、これまで建築設備技術者は、建築単体の設備設計・運用において如何にエネルギー消費を少なくできるか(省エネルギー)を考えれば良かった。しかし、スマートグリッドにおいては、建築群で構成されるエリアの内・外との関係性の中で、エネルギーを如何に蓄え、どのように供給するのかも同時に考えなければならない。すなわち、検討すべき内容の深化と範囲の拡大によって、建築設備技術者の活躍する場が大きく広がることを意味する。

にも関わらず、やや不満なのは、今後、成長市場になるかもしれないスマートグリッドの議論において、建築設備技術者の関わり方が薄いように感じることである。従来の受注ビジネスだけでなく、パッケージ型のビジネスモデルを建築設備の分野から先行的に提案することも必要ではないだろうか。世界トップレベルの技術と知見を蓄積してきた日本の建築設備業界には、その実力が十分に備わっていると思うのである。