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未来への提言 産業革命の担い手:
クラウド、IoT、
そしてAI

技術研究所報 No. 29, 2015

大阪大学 
サイバーメディアセンター

松岡 茂登

はじめに

クラウド・コンピューティング、Internet of Things(IoT)、スマートシティ、Smarter Planet、コネックテッドデバイス、人工知能(AI)など、次世代のIT社会を表現するキーワードはいくつもあるが、もはやそれらは単なるBuzzword(バズワード)とは言えない状況になってきている。データ工学は米国を中心に劇的に進んでいる。機械学習やビッグデータ解析の手法も潤沢な計算リソースを用いて加速度的に進歩してきた。その背景のもと種々の産業構造が大きなパラダイムの転換を迎えようとしている。本項の限られた誌面では、とてもそのすべてを概説できるものではない。その雰囲気だけでもお伝でできれば幸いである。

クラウド・コンピューティング

クラウド・コンピューティング(クラウド)は、今や我々のあらゆる生活シーンやビジネスに欠かせない存在となっている。その実態は“ネットワークの向こう側”でユーザに存在を意識させることなくネットワークサービスを提供する物理的なシステム(データセンタ)である。

クラウドは、2006年にGoogle社が自社サービス群を「クラウド・コンピューティング」と表現して以来広く一般化したが、技術的には1980年代に提唱されたグリッド・コンピューティングに端を発したシステムである。1990年代に仮想化(仮想サーバ・仮想プラットフォーム・仮想アプリケーション)が、2000年代にSoftware as a Service(SaaS)が登場したことで一気に普及するに至った。

2000年にセールス・フォース・ドットコム社がCRMアプリケーション「Salesforce」をSaaS形態で提供、2002年にはAmazon社が「Amazon Web Service(AWS)」を提供、2006年にはMicrosoft社がSaaSとしての「Software Plus Service」戦略を発表、2007年には再びセールス・フォース・ドットコム社は「SaaSからPlatform as a Service(PaaS)」コンセプトを発表している。同じ時期、IBM社はクラウド・コンピューティングとして「Blue Cloud」計画を発表、2008年にはGoogle社が「Google Apps Engine」を発表し、Microsoft社は「Windows Azure」を発表するなど、クラウドの急激な発展を説明する事例には事欠かない。

その結果、我々ユーザは端末(スマートフォン、タブレット、PCなど)を持っていればネットワークを通じていろいろな情報通信サービスを享受できるようになった。ポータルや検索サービス、電子商取引、映像や音楽の視聴などのコンテンツ配信、アプリケーションのダウンロード、写真のアップロード、メール、ブログ、SNS、ナビゲーションなど、ユーザが“ネットワークの向こう側”に何が存在し何が起こっているのか知る必要はない。

ビジネス形態も大きく変貌をとげた。PaaS、Infrastructure as a Service(IaaS)によって必要なビジネス環境を少ないリソースで容易に構築できるようになった。この傾向はますます加速されていくのは疑いの余地がない。

情報通信市場の視点では、これまでその市場を支えてきた通信キャリアによる垂直統合型の情報通信ビジネスは終焉し、コンテンツ・アプリケーションや種々の端末の発展・普及により、多様なプレーヤが割拠する市場へと変貌を遂げるパラダイムの転換が目の前で起こってきた。

Internet of Things

一方、モノのインターネットInternet of Things(IoT)というキーワードが近年紙面に出ない日はない。従来は人間と人間をつなぐことがインターネットの主な用途であった。生活空間、産業システム、道路交通システム、電力システム、農業システムなどに配置されたあらゆるセンサーを介して得たモノの情報が直接インターネットに流れるようになり、その情報をクラウドに集積して可視化・分析する事により産業の効率化や新たな価値を創造する概念として登場した。Siemens等の大企業が参画するドイツの国家戦略としてのINDUSTRY4.0、米国におけるGE等が同様のコンセプトで主導するIndustrial Internet、あるいは他国でも同様なコンセプトで追従するIoT戦略は、新たな産業革命のキーワードとして注目されている。

最近では、サイバーフィジカルシステムCyber Physical System(CPS)もキーワードとして注目を集めている。センサーや通信技術により物理的な実世界とサイバー空間を結び付け、製品や設備などのコミュニケーションや相互作用を可能にするテクノロジーとして、特に米国において国家戦略として積極的な投資を開始している。

両者は立脚点が異なるだけで同じ概念と言ってよい。IoTは物理世界にあるモノを中心としての概念であり、それらがインターネットにつながることを立脚点としている。それに対してCPSは、物理世界の情報とサイバー世界の情報が融合することに重点置いた概念である。いずれにおいても、IoTを基本コンセプトとした産業育成のためのPlatform作りの取り組みが世界的に活発化している。

2020年には地球上で500億個以上ものモノがインターネットにつながると言われている。すでに今でも、スマートフォン、タブレット、パソコン、さらにテレビやハードディスクレコーダーなどの家電機器がインターネットに接続されている。近い将来には車は言うまでもなく、空調、冷蔵庫あるいは電子レンジなどの白物家電もインターネットに接続される。また、工場の機器や農場、あるいは流通など様々なセンサーが配置されネットワークを通じて逐次状況が監視される。このようなすべてのモノがネットワークに繋がる時代には、実世界のあらゆる情報がインターネット上で利用され、新たな価値が創造される。

このように、実世界に広く分布した膨大なセンサーネットワークから発出される膨大な情報(エネルギー情報、センサー情報などのあらゆるデータ)がネットワークを介してクラウドに伝えられ、データセンタのコンピューティングにより可視化と分析がなされる。その結果はふたたびネットワークを通じて実世界(工場の品質管理や生産制御、畑の水やりやビニールハウスの窓の開閉、自動車や車道の制御、介護見守り、流通管理、などの各種利用シーン)へと反映される。

そしてAI

マシンや各種センサーにおける構造化されていない膨大なデータを取得しクラウドで分析することで、これまでには考えられなかったような規模で新たな価値を生み出すことになる。ひいては様々な産業におけるサービスの向上だけでなく、新たなサービスを提供することができる。いわゆるクラウドを基盤としたビッグデータの解析である。すでに新産業の中心となりつつある人工知能(AI)化は、最適化や新しい価値の創造のためには不可欠となっている。

ビッグデータに基づいたAIによって種々の産業が次のフェーズに移行しつつある。すでに全世界的に莫大な投資が行われており、その進化はこれまでにはなかったような速度で進んでいる。言うまでもなく中心となるのは、“ネットワークの向こう側”でネットワークサービスを支えるクラウドである。Software Defined Cloud(ソフトウェアディファインクラウド)やAI Cloudなどのキーワードで表現される通り、サーバやストレージ、ネットワークといった計算リソースをデータセンタ内外で最適に活用するためのフレームワークである。このパラダイムが変革することで、ICTインフラ全体の運用管理が自動化され、膨大なデータを効率的に処理できるようになる。

当然のことながら、そうした基盤がそろったとしても、自然にプロセスがAI化され自然と価値が生まれるわけでない。潤沢な基盤を用いてそこにいかにAIを構築できるか、がポイントである。そのための最も重要なリソースである人材の確保(争奪戦)も過熱しており、日本では人材育成の遅れが指摘されている。

おわりに

2012年には、世界で300兆円を超える額がICT(ソフトウェア、ハードウェア、あるいはISP、ASPやSNSなども含めた情報通信サービスなど)に支払われたとされる。2017年にはこれが2倍(~600兆円)にも成長するとも予測されている報告もある。ただ、クラウドをベースにした一部の製造業、交通システム(ITC)、スマートグリッドやスマートシティなどのエネルギー最適化分野、あるいは人口知能産業とも呼ばれるロボット産業などの領域が大きく伸び、伝統的なICT事業はあまり伸びないと言われている。伝統的なICTを伸ばすためには、システムアーキテクチャ、ビジネスアーキテクチャ、それを支えるシステムアーキテクチャ、情報アーキテクチャ、セキュリティアーキテクチャ、など社会を構成するすべてのアーキテクチャのパラダイム転換が強く求められている。今こそビジネスのニーズを掘り起こす議論に重点を移す必要がある。

クラウド、IoT、あるいはAIという概念は皆が理解しており種々のビジネスモデルが考えられ始めてはいるが、肝心のインフラの構築と人材の確保無くしては成功しない。また、我々自身がその状況変化に対応できているとは言い難い。我々を取り巻く環境は大きな転換点を迎えており、今ほど普遍的なイノベーションが求められている時代はない。業界の垣根を超えた連携(オープンイノベーション)はスローガンではなく、具体的な行動が求められている事を肝に銘じておきたい。

最後に、ここで取り上げた産業革命の担い手としてのクラウド、IoT、およびAIを支えるデータセンタ自身もAI化が不可欠となっている。空調をはじめとする設備機器は、データに基づくAI化が十分検討されているか今一度検討が必要である。上記伝統的なICTになる前に、大きなパラダイムの変化に乗り遅れる事のないようにしたいものである。