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未来への提言 太陽と“ヒト”

技術研究所報 No. 31, 2017

東京理科大学

井上 隆

世界の気温上昇を2℃,可能であれば1.5℃未満に抑えることで合意したパリ協定の発効(2016年11月)から1年が過ぎ,現在,国連気候変動枠組条約締約国会議(COP23)がドイツのボンで開催されている.この間に米国がパリ協定から脱退を表明し,他の国々の脱退連鎖,資金拠出停止による途上国への資金支援不足,等が懸念され議論されている.この間も地球温暖化は確実に進行し,現時点の世界平均気温(年平均)の観測史上最高値は直近年(2016年)のものであり,また高温記録上位17年は1年を除き今世紀に入って観測されたものであるという.さらに,ここ3年間は毎年最高記録を塗り替え続けているという状況である.

人類の化石燃料大量消費による二酸化炭素など温暖化効果ガス排出の影響で太陽からの放射エネルギー収支が崩れることが主な原因であり,中でも二酸化炭素排出の約1/3が建築・住宅起因とされ,その削減が喫緊の課題となっているのは周知のとおりである.こうした背景の下,わが国では建築・住宅の2020年までの省エネ基準適合義務化があり,その先には,ZEB,ZEHが待ち受けている.

地球全体という大きな空間スケールで,かつ数十年から数百・数千年という非常に長い時間スケールで,起こりうるリスクを緩和し備えることが求められている訳である.最近の議論では,地震,津波,噴火,事故,などについても,同様である.かつて,数十年に一度はともかく,数百年に一度,まして数千年,数万年に一度の確率,というと工学的判断として許容できるリスクの範囲内のように扱われていたことを思い起こすと隔世の感がある.それだけ先の心配,よその心配をしなければ,というのはそれだけ安定で持続可能な社会になったことと表裏一体であると捉えることもできる.

しかし気候に関しては,そう安定した状況ではなさそうである.実際,ごく最近になって,数十年に一度,数百年に一度という事態の発生を何度も見聞きしている.統計予測の前提となる母集団がすでに近未来を予測するには不適切なものとなっている証しとも考えられる.

現在の人類(ホモサピエンス,以下「ヒト」)はアフリカ大陸の片隅で生まれ,アフリカを出たのは5万年前とされる.この時点では,ヒトはいわば絶滅危惧種であった.実際に近縁の種は全て絶滅している.その後,ヒトは世界各地に散らばり現在の如く様々な人種・民族,文化・言語を形成してきた.人生100年時代とも言われる現在,既にその半分を超える年月を過ごした実感としては100年といえども決して長い期間ではない.5万年はその500倍,500人分に過ぎない.このように考えると,ヒトの拡がり・変化のスピードに驚かされる.但しその前には,数百万年の類人猿の期間があり,さらにこれら高等生物に至るまでの何億年かの進化,環境への適応の過程も色濃く引きずっている.

この長きに亘り,太陽は地球を照らし続けた.その恩恵の下で厳しい生存競争を生き抜き,紆余曲折の末にではあるが現在に至った生命体であるヒトは,地球が太陽の周りを回転軸に傾きを持ちつつ公転していることによる年周期・季節変化,自転していることによる日周期・昼夜,さらには月面における反射も潮の満ち引きと共に月周期として,など様々な形で影響を受け,これらは全て生命体の奥深くに刻み込まれている.

さらには,太陽からの放射エネルギーの波長特性にも適応してきた.我々が感じる「光」というのも,地表に届く太陽放射の一部の波長域,しかも最も強い波長付近であり,我々の目の感度特性(比視感度特性)がこの付近に最大感度を有することは,単なる偶然では無く,太陽放射を最大限に活用することが厳しい生存競争に有利で,当然,自然淘汰の結果と考えるべきであろう.「光」を感知する視細胞について,暗い場所でも見える棹体細胞と,暗さには弱いが色を識別でき中心窩に集中することで分解能も高い錘体細胞,の2種類と教わった記憶がある方も多いと思う.最近になって,この2種類以外の第3の視細胞(ipRGC)が発見され,その機能も少しずつ解明されてきた.他の2種類の視細胞とは網膜との位置関係も異なり,信号の伝達先も脳のサーカディアンリズムを掌っている中枢に繋がっている.瞳孔反射にも深く関与し,一方で青色領域に感度を持ち,また記憶・学習と関係があり,生理応答も徐々に解明されつつあるという.

以上,ヒトのための空間・環境づくりを目指す立場にとって,示唆に富む事項と感じている.ヒトが多くの時間を過ごす空間においては,窓など開口部は不可欠で,より大きく確保することが好まれ,それ故,より自然な眺望が得られ日射遮へい性能や断熱性能に優れた高性能な窓が求められる.暑さ・寒さ・眩しさなど阻害要因を排除しつつも,開放感があり,外界の自然と共にあることを,青空・輝く雲・夕日・夕焼けを,天候・時刻の変化等外界の変化を,感じさせることを求められる.自然光利用については,近年の照明用光源・LED等の目覚ましい進歩,発光効率の大幅な向上によって,省エネルギーの観点からの照明制御(調光・消灯)の意味あいは相対的に薄れつつある.ヒトとの関係に重点を移し,自然光であること自体の価値がより評価されるようになるのが望ましいと考えている.

温暖化対策において光(光発電含む)・熱・風など太陽起源再生可能エネルギー利用の重要性については改めて言うまでも無いが,さらにヒトがこれまで如何なる環境の下で進化してきたのかを顧みれば,心身ともに健康な状態を保つには,自然,特に太陽との関係は極めて重要と考えられる.ヒトが関与する環境全般に亘り,望ましい環境とは何かを考える上で,その生い立ちには多くのヒントが隠されている.我々がヒトについて知っていることは未だ限られている.謙虚な姿勢を保ち続けたいと思う.