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未来への提言 2050年における空調技術・
暖冷房技術の期待される将来像について

技術研究所報 No. 33, 2019

新エネルギー・
産業技術総合開発機構
(NEDO)

矢部 彰

巨大台風の発生や台風による集中豪雨の雨量が過去最大を記録するようになり,地球温暖化は,我々の身近な生活にも大きな影響を与え出したように深刻に感じられる.地球温暖化を可能な限り低減するために,我々は,パリ協定を結び,温暖化ガス排出量を,各国共に目標を立てて最大限削減し,IPCCなどの予測を総合すると,将来の1.5℃以下の温暖化に抑えるためには,2050年に少なくとも現在の地球全体の排出量の80%以上を削減することを目指して活動している.
NEDOでは,現在の世界の温暖化ガスの排出量の80%を削減し,2050年に持続可能社会を実現するための総合戦略を作成し,その実現に向けた技術開発を推進するべく努力している.その基本として,2050年の社会を考える時には3つの大きな考え方が世界で支配的になっていると想定している.それらは,持続可能な技術の推進であり,また,サーキュラーエコノミーの推進であり,そして,バイオエコノミーの推進である.より具体的な社会のイメージは,太陽光や風力エネルギーなどの変動はするが持続可能なエネルギーを最大限利用することの推進,また,カーシェア,オフィスシェアなどのシェアリングエコノミ―が拡がり,自動車などの工業製品の生産台数が低減することによるエネルギー消費量の低減が起こるであろうこと,さらに,バイオマス利用の液体燃料やバイオ化成品,生分解性プラスチィックなどの二酸化炭素の排出量の実質的な低減を実現するエネルギー・物質生産技術が普及することが想定される社会である.
そのような社会において,世界の二酸化炭素換算の温暖化ガス排出量の80%を削減するということは,メタンや一酸化二窒素による温暖化も考えると,世界の二酸化炭素の排出量をほぼゼロにする必要があることに相当する.
このような状況下での2050年の空調や暖冷房給湯技術は,一体どのようになっているのであろうか.
二つの方向性が言えるのではないかと思われる.
一つは,民生用エネルギー需要である,業務・ビル・家庭用の暖冷房・給湯用途には,化石燃料は,使うことが許されなくなると予測される.このことは,電気を使う電動式ヒートポンプによる暖冷房・給湯がより重要になり,冷暖房・給湯の電化が一層進むと思われる.このような状況は,日本でいえば,関東以西,また,世界では,東南アジアや温帯や熱帯に属する多くの国や地域では,現在までに開発されているヒートポンプ技術を適用することにより実現できると思われる.
しかしながら,18℃以下の日数が多い暖房度日で3000度日以上にあたる寒冷地域,日本で言えば北海道や東北地域であるが,世界で見ると,米国の南西部を除く多くの地域,また,欧州の多くの地域が,この寒冷地域に相当し,霜の付着等で暖房性能が低下し,ヒートポンプ暖冷房・給湯は,まだ,十分には普及が進んでいない.この寒冷地域が欧州や米国の多くの地域を含むことを考えると,長年の課題である,霜の付着を防ぎ,COP(性能指数=発生する熱エネルギー/必要な電気エネルギー)が3から4以上の寒冷地用の高性能ヒートポンプを研究開発し実現することが,地球温暖化防止を実現するための暖冷房・給湯の電化を推進するためのキー技術であることが再確認され,その研究開発が強く望まれる.
このヒートポンプによる温暖化ガス削減効果を定量的に予測することは難しいが,民生用の暖冷房・給湯需要が,民生用エネルギー需要(一次エネルギー供給の約3割)の約半分を占め,エネルギー需要やCO2排出削減が,ヒートポンプ利用により半減すると仮定すると,日本の場合で,約6%のエネルギー需要低減ポテンシャルがあることになる.世界ではいろいろな国があるので,その半分の3%までが実現し得ると仮定すれば,400億トンのCO2排出量の約3%で,10億トンレベルのCO2排出削減が期待できる.これは,既存のヒートポンプ技術の世界中への普及と,寒冷地用のヒートポンプ技術の開発・普及による効果の合計となり,世界の温暖化防止への貢献は大きいものが期待される.
また,2050年の空調や暖冷房給湯のもう一つの方向として,太陽熱や地中熱,それに,太陽光発電で出力抑制されて有効利用できない電力を,活用する方法が有効になると思われる.例えば,太陽熱温水器を設置して,生じる温水や温風を,暖房や給湯,それに,除湿器の駆動源にして,ゼロエミッションハウス(ZEH)やゼロエミッションビル(ZEB)というゼロエミッションの建物を目指すことは,大きな目標になると思われる.また,地中熱も,掘削費用を抑えるために,家屋の土台掘削時に浅い地点に設置することにより,霜取りの必要な時期のみに地中熱を駆動させる冬季の部分負荷対応の地中熱利用も有効になるものと期待される.ビルの場合も,建物の支柱を利用した地中熱の暖冷房や給湯の熱源利用が,標準化されてくるものと思われる.建物や家屋で使用されるエネルギーを,太陽熱,地中熱,空気熱を総動員して,再エネ100%の建物や家屋,また,蓄熱や蓄エネルギーを動員して,変動する再エネを吸収し,デマンドレスポンスで需給バランスに貢献する建物や家屋を,システム的に,さらに経済的に実現することが,技術の差別化の要因になると期待される.
さらに,産業・業務分野でも,化石燃料を燃すボイラーが使用できなくなるので,ボイラー代替として,100℃程度の温排水を活用し,高温ヒートポンプで,200℃程度の蒸気を生み出す技術も重要になると思われる.さらに,固体酸化物型燃料電池(SOFC)の排ガスを利用するボイラー,水素を燃焼させるボイラーなども導入されると考えられる.また,出力抑制で有効利用できない太陽光発電の電力を,そのまま,ジュール熱として,加熱に使い,ボイラーの熱源に使用することも検討されると思われる.ボイラー代替のCO2排出削減量は,世界でも,ボイラーの生産量から考えると,世界で0.2億トンのオーダーであるが,世界で400億トン排出しているCO2の排出削減は,経済性のある技術を総動員して,一つ一つの技術を着実に実現していくことが強く求められている.CO2を1トン削減するのにかかる費用であるCO2削減コストが,数万円以下に抑えられる経済性のある技術開発は,積極的に実施され,すべて実現していくことが求められており,技術開発により,CO2削減コストをさらに低減することが求められている.
日本は,ヒートポンプ技術,ドライルーム技術などで,世をけん引してきているが,これから2050年に向けて,挑戦していかなければならない技術も多く存在する.世界の温暖化ガスの排出削減を実現するために,要素技術,および,電気・熱・水素などのエネルギーが複雑に絡み合うエネルギーシステム技術の両面から,今後も,精力的に技術開発を推進し,世界をリードしていくことが強く期待される.