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未来への提言 基礎から応用まで
~マイケル・ファラデーと
ルイ・パスツールに学ぶ

イノベーションセンター報 No.34 ― 2020

東京理科大学 栄誉教授 /
総合研究院
光触媒国際研究センター

藤嶋 昭

先人に学ぶ研究の基本

私は最も尊敬する科学者2人に学びたいと思っています。

1人目がイギリスのマイケル・ファラデー(1791-1867)です。2人目がフランスのルイ・パスツール(1822-1895)です。

科学の基礎を中心にそれぞれ独力で研究し、素晴らしい発見の数々をあげ、現在に生きる私たちにも欠かせない大きな貢献をした方々です。

電気を作ったファラデー

ファラデーは、ロンドンの鍛冶職人の家に10人兄弟の次男として生まれました。家族の暮らしは苦しく、13歳になると製本屋に住み込みで働き始めました。楽しみは仕事の合間をぬって読む本でした。ファラデーは、科学に興味をもち、わずかな収入で実験道具を買っては独学で科学実験を行いました。

ある日、ファラデーは有名な科学者ハンフリー・デービーの講演会に行きました。デービーは、電気分解によりカリウム、ナトリウムなど6つの元素を発見した若手の化学者です。講演に感動したファラデーは、科学者になることを決意し、デービーに「助手として雇ってほしい」と手紙を送り、この手紙がきっかけとなりイギリスの王立研究所の助手になることができました。ファラデー21歳の時でした。

屋根裏に住み、1人実験に取り組みました。70歳で退任するまでの実験ノートが残っていますが、1冊400ページほどのノートが合計7冊になっています。毎日得たデータをまとめ、又新しいアイディアが記されています。私はこの本を入手することができ、時に読んでいますが、各ページにはその時考えられた色々なアイディアが図と共に記されています。

ファラデーは沢山の成果をあげていますが、代表的成果をあげてみますと、次の3項目になります。

  1. 電磁回転

    1821年、ファラデーは、世界で初めて電磁回転の実験に成功しました。実験の装置は簡単で、水銀を入れた2つのカップの片方に可動式の磁石と固定した銅線、もう片方に固定した磁石と可動式銅線を取り付けたものでした。このしくみは今利用されている電気モーターの原点となったものです。

  2. 電磁誘導

    1831年、ファラデーは、電気から磁気を生み出すのとは逆に、磁気からも電気をつくれると考えました。強力な磁石を電線コイルの中に入れると、一瞬だけ電線に電流が流れることを確かめました。発電の原理の発見でした。

  3. 電気分解

    電解質の水溶液に2つの電極を入れ、それらに直流電圧をかけると、電気分解がおこります。ファラデーは、1833年に電気分解によって変化する物質の量は、移動した電気量に比例することを実験で証明しました。

ファラデーのもう1つのすばらしさは、市民のための科学講演会を熱心に行ったことです。一般市民向きの金曜講演ほかに、子供たちに科学の楽しさを伝えようと、クリスマス講演を行いました。この講座は、現在も王立研究所で毎年クリスマス時期に開催されていますし、現在では日本を含め各地で実施されています。ファラデー退任の時のロウソク1本を用いての6日間に渡る講演は「ロウソクの科学」の本として、1861年から現在まで世界中で読みつがれています。

バイオの基本のパスツール

新型コロナウィルスで世界中が大変です。有効なワクチンが一刻も早く開発されることをどの人も待ち望んでいます。

130年ほど前になりますが、狂犬病が猛威をふるい、ヨーロッパで狂犬にかまれた人の多くが亡くなるという時代が続きました。今でももちろん狂犬病は恐れられてはいますが、この狂犬病に対するワクチンを開発した人がフランスのルイ・パスツールです。

狂犬病になった犬の血液からワクチンを作り、犬に噛まれて発熱している少年にこのワクチンを注射して治すことに成功した最初の例として、パスツールの伝記にはワクチンを注射するところの写真を見ることができます。

この少年は病気が治ったあともパスツール研究所の門番として務め、パスツール死去の後はパスツールの墓守りとして一生を送ったとのことです。

パスツールはフランスのワイン業界を救ったことでも知られています。ワインの樽を開けてみないと美味しいワインができているのか、酸っぱい乳酸ができているのかがわからず、ワイン業界が困っていたそうです。

パスツールはワイン発酵の様子を詳しく調べ、良好なワインができる時と、乳酸ができる時では酵母の形が違うことを解明しました。棒状の酵素があると乳酸ができることを突き止めました。60℃に熱すると乳酸となる棒状酵母はなくなりました。この温度処理つまり低温殺菌法が開発され、フランスのワイン業界に大きな貢献をしています。今ではこの方式は牛乳などの殺菌法としても使われています。

そのほか「カイコ」の病気の原因の細菌を突き止めるなどフランスの絹糸産業にも貢献しています。

ルイ・パスツールと言えばほかにも重要な研究があります。ギリシャ時代の権威アリストテレスが言った「微生物は自然に発生する」との考えに真っ向から反対し、有名な「白鳥の首形フラスコ」を作り、市内の汚れた空気を吸入させた時とアルプス山上の綺麗な空気を用いた時での培養実験から、生命は無からは発生しないことを実験で証明しています。

このようにルイ・パスツールは基本的な研究から人類に実際に役立つ研究までを行い、今でも世界中から尊敬されている研究者です。

中国古典にも学ぶ

基本的なことから人類に役立つ研究まで、マイケル・ファラデーとルイ・パスツールの行った研究の素晴らしさを私たちはこのお二人の研究者に学び、世の中に役立つ研究をしていきたいものです。

中国古典の1つ書経に次のような言葉があります。『知ることの難きに非ず、行なうことこれ難し』―非知之難、行之惟難―

どんなことも効果的な実行は難しいものです。特に研究に於いては、いざ実行となると計画通りにはできないものです。いろいろな人の協力を得て実行したいものです。