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未来への提言 ゼロ・ウォーター・ビル
実現への期待

イノベーションセンター報 No.35 ― 2021

関東学院大学 
建築・環境学部長 
教授 工学博士

大塚 雅之

はじめに

2015年の国連サミットで採択され、加盟国が達成目標として掲げたSDGs(持続可能な開発目標)の実現に向けて様々な取り組みが活発に行われている。その一環として、建築・環境分野でも2050年カーボンニュートラル化の実現へ向けて総合的な対策が必要とされている。特に、エネルギー消費量の削減を目的としたZEBやZEHに関する技術開発とその普及が、最優先課題である。一方、都市人口の増加、開発途上国の経済成長、気候変動の影響などにより世界規模で水資源問題も多発している。都市・建築における使用水量の削減、水のリサイクル利用は、水資源の維持保全とともにインフラへの負荷も削減でき、地球環境問題を改善する上で重要なテーマである。このような背景から諸外国では、建物と敷地内での水量の収支を総合的にゼロとするゼロ・ウォーター・ビル(ZWB:Zero Water Buildings)への関心が高まっている。ZWBとは「雨水・井水・排水再生水等の代替水量(Alternative Water Use)と敷地内の排水処理水・グリーンインフラ等より集水し、地下水等に戻される還元水量(Water Returned)の和が、対象となる建物での総水消費量(Total Water Use)に等しいとすること」と定義され、その実現に向けて、わが国としてのシナリオが必要とされている(図1)。

図1 Zero Water Buildingの概念図
(アメリカ合衆国エネルギー省ホームページ,連邦エネルギー管理計画,Net Zero Water Building Strategies)

使用水量(Total Water Use)
の削減
―節水型機器の普及と
設計用給水単位水量の刷新

現在、われわれが日常使用している各種衛生器具、例えば大・小便器、シャワーなどの国際標準化(ISO化)に向けた作業が進められている。その中では製品試験法、節水効果評価、ラベリングなどの基準が盛り込まれることになるが、各国の事情は様々であり統一した基準の策定は難しく、国情に合わせた基準を包括的に認めて行く方向に向かっている。水問題は水資源が豊富な国々、乏しい国々によって節水化への認識や捉え方にも温度差がある。1992年にアメリカでエネルギーアクト法が制定され、その一環として大便器の洗浄水量が6.0Lに規制されたのを契機に世界的に節水化が促進されてきた(図2)。わが国でも節水形機器の普及に伴い大・小便器の洗浄水量、シャワー使用湯量が削減されており、従来の普及品と比べ大便器で30~50%、節水節湯型水栓で20~30%の削減効果が期待できる。

その影響もあり、今や給排水設備の設計に使用される給水単位水量も見直しの時期を迎えている。例えば事務所ビルの設計用給水単位水量は、現在は一人当たり1日60~100Lとされているが、現状はほぼ半分の40~60L、病院においては規模によるばらつきはあるが一床当たり1日1,500~3,500Lが750L程度と半分以下の値であることが調査結果よりわかってきている。節水形機器の普及に伴い、設計の基本となる給水単位水量を刷新することで、建物総使用水量の大幅な削減が期待できる。

ZWBの実現には、旧態依然として改定されなかった設計用の給水単位水量を見直し、新たな単位水量を策定し、使用水量を削減した設計を行うことが必要であり、機器容量もコンパクト化でき運転時のエネルギー削減にも繋がる。官公庁、自治体の設計要領やガイドラインの規定値へのインパクトも大きく、その役割は、学術面からも情報発信力、影響力の強い空気調和・衛生工学会が担うべきで、数値提言は実務的に極めて貢献度が高く、ZWB達成への一歩である。

図2 各国の節水形大便器の洗浄水量
(日本レストルーム工業会資料)

代替水量
(Alternative Water Use)
の供給
―雨水・井水の積極利用と
再生水の可能性

わが国の首都圏と地方圏における2010年から2040年までの人口と水道料金の推移をみると、人口の変化は都市圏では大きな変化がなくほぼ横ばいであるのに対し、地方圏では人口減少の傾向を示す中、両圏とも上水道料金は増加の一途をたどるため、住民の上水への負担額は増加することが予見される。今や地方公共団体でも水道事業の運営・維持管理にはコストがかかるため、民営化に踏み切る自治体もある。飲用以外への上水への利用を軽減するには、上水の代替水として、雨水、井水などの代替水源を積極的に利用することがZWBの実現へは欠かせない。

先般、オーストラリアのタスマニア島を訪れた際、南極大陸から運ばれるきれいな空気と雨雲がもたらす雨水を飲用に用いている施設を訪問し、飲用体験をした。まさに自然の恩恵、サステイナブルな雨水利用である。わが国ではそうは行かず、雨水は雑用水として、トイレ洗浄水、修景・散水、清掃用水などに用いる程度である。また、2014年に施行された「雨水の利用の推進に関する法律」により、国及び独立行政法人などが整備する建物については、雨水利用施設の設置率100%とすることとなったが、一般に雨水利用によるトイレ洗浄水や散水・清掃用水としての上水代替率は30から45%であり、ZWBの達成への寄与には限界がある。前述したオーストラリアなどの国土の多くが砂漠で水資源の逼迫した国々では節水化の一環として、上水の使用後の汚水・雑排水も膜処理技術を用いて排水処理し、積極的に利用している。わが国では、上水使用後に個々の建物での個別循環利用はコストもかかるため建物は限定されるが、今後は複数の建物からの排水を処理し活用する地区循環方式や下水終末処理場などでの二次処理水や高度処理水を地域や都市で再利用する広域循環方式などの普及も考え、使用水量の削減を試みることも必要である。

最近、井水は、非常時には浄化し飲用水として、また純水製造用途などへも用いられており、海水の淡水化など造水技術も進んでいる。排水の膜処理装置や造水装置の維持管理・コスト等は、雨水利用設備よりかかるため、一般ビルでの普及が難しいが、高度な処理も一つの挑戦的技術として、ZWB普及を促す意味で評価すべきであると思う。ZWBの達成に向けての代替水源の確保を地域・都市といった広域を視野に入れ考えなければならない。

災害対策への貢献もZWB要素
―BCP対応とグリーンインフラの活用を

国土交通省では、2019年に防災拠点となる建築物に係る機能継続ガイドラインをまとめている。その中では、大地震時に防災拠点となる建築物(庁舎、避難所、病院等)については安全性確保に加え、地震後も機能維持できるよう高い性能が求められている。建築設備に要求させる項目として、平時と共にインフラの途絶時に対する水源の確保、システムの並列化、冗長性を基本とした対策を講ずることが指針とされている。

阪神淡路の震災、東日本大震災においてもインフラの途絶、そして給水と排水に支障を来した避難所での生活は、人体が機能不全を起こすのと同様に生活に大きな影響を与えた。特に電気、ガスの復旧に比べ、脆弱な上下水道管の復旧には時間を要したことも報じられている。改めて建物におけるBCP(事業継続計画)とLCP(生活継続計画)を維持するには給水と排水の機能は不可欠なものであることが再認識された。直近では、2016年の熊本地震発生時において、トイレ洗浄水として雨水貯留を行っていたために、上水道の供給が停止した6日間でも継続してトイレ使用ができたことも報告されており、生活用水の確保の必要性を示した事例とも言える。

国総研総合技術開発プロジェクトでも、BCP、LCPに対応した給排水設備として、先ず上水と雑用水の二系統給水とし、飲用に加えトイレ洗浄水などを確保し7~10日間程度の使用に耐えうる機能を確保することも提案されている。また、津波・洪水等による浸水被害に対し、排水の排除を考慮した排水設備や機能維持のための水密コアスペース、常設の消防設備となる連結送水管を活用した高層化への臨時送水システムの提案などもなされている。災害時のBCP、LCPへの対策を講ずることに対し、持続可能な保有水量の確保を評価するとともに、上下水道が途絶した際に復旧までの間、機能低下を防ぐための非常用設備の装備もZWBの認定項目の一つに加えていくべきである。

また、都市部においては気候変動による豪雨対策としてグリーンインフラの活用、雨水の浸透施設や貯留施設などの雨水抑制施設の設置、集中豪雨により都市型洪水の抑制を図ることなど、使用水量、代替水量、還元水量のバランスだけでは評価できない水害対策項目もZWBの付加価値として考慮していくことが必要である。

新たなZWBへの展開の
シナリオの提案に向けて

わが国でも、実在の幾つかの建物での水使用、雨水等のデータを用いてZWBの達成への可能性が検討されている。実現に向けては、節水形器具を採用し上水使用量を削減すること、雨水利用により雑用水を削減すること、敷地内の降雨の地下浸透させることでの対応となるが、トイレ洗浄等への雑用水の寄与率は、前述の通り上水代替率として30から45%程度、狭小な敷地に建つ建物では雨水の地下水への還元量はそれほど期待できない。代替水源を雨水に頼るため、季節変動が大きく安定した水源とならないことが課題である。検討結果を俯瞰すると年間を通じてのZWBの達成率は20から50%と評価され、パーフェクトな達成は現状では難しいと考えられる。

現実を踏まえ、わが国として研究者、実務家、行政が協議し、新たなシナリオを示すべきである。先ず評価項目となる使用水量の削減効果、代替水量、還元水量はモデル建物に対し、単独に必須項目としレベル評価してみる。次に、災害時のBCP、LCP対策として寄与できる非常用水量や非常用設備の装備もオプションとしてレベルカウントし、それらも含めて総合的にポイント化して評価することも現実的ではないか。それに、適宜、節湯・排熱利用や汚泥バイオマスなど未利用エネルギーなどの熱的な側面から見た省エネルギー性も加味する(図3)。

また、水環境は人への健康影響も大きいので、建築物衛生法に規定する上水、雑用水は水の水質基準、安全性・衛生性などを遵守することも大切である。ZWBを単に一律に水量のみで評価するのではなく、他の要素を加えつつ、わが国の現状ににあった新たなZWBの定義、構築のシナリオを提案することが水環境、給排水衛生設備の戦略ではないかと考える。

図3 ZWBの評価要素と評価イメージ

おわりに

水環境、給排水衛生設備分野が取り組むべき新たなテーマとして、ゼロ・ウォーター・ビルの実現への課題と可能性について述べた。地球温暖化対策は、省エネルギーと省資源化の両輪で臨む必要があり、前者を空調設備、後者を給排水衛生設備が担うとすれば、ZWBのあり方を議論し、実建物における評価法を提案すること、ZWBの普及に努めることは国際社会の中でも重要な意味を持つものと考える。これからの自立循環型の建物を創造する建築設備業は、エネルギー問題のみではなく、水問題にも注力し、総合的に地球環境問題に取り組んでゆく必要があると思う。