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未来への提言 カーボンニュートラルに向けて
熱の脱炭素化、
徹底した省エネと
水素国際サプライチェーンの
実現を急げ!!

イノベーションセンター報 No.36 ― 2022

東京工業大学 
科学技術創成研究院
特命教授・名誉教授 
工学博士

柏木 孝夫

パリ協定の発効を機に世界の先進国では、「2050年カーボンニュートラル」への潮流が具現化しだした。それを受け我が国は、2030年を見据えた「第6次エネルギー基本計画」を2011年に策定した。総発電量に占める原子力の割合を20~22%で維持する一方、再生可能エネルギーの比率は2018年時点の計画の22~24%から36~38%に高める目標を掲げた。この実現は容易でないことは周知である。世界の先進国やEUのような地域圏では、一次エネルギーの選択肢を維持しながら、国益をかけた基本戦略となるエネルギーミックスを提示しつつある。通常、カーボンニュートラルの実現には、まず省エネ、電化、水素化にあるといわれている。

我が国は、30年時点で温室効果ガスの削減割合を13年比46%としたが、さまざまな足かせの中、再エネ比率を大幅に上げざるを得なかった。しかし、カーボンニュートラルに向け、再エネ比率を上げさえすれば良いというものではない。昨今、政府が対策に躍起になっている一つに電力需要のピーク時に供給が不足するという問題もある。再エネ電源の増加と電力市場の自由化に伴い石炭火力や旧型火力発電所が廃止され、必要な時に天候に左右される再エネが十分な稼働をしない場合、ネットワークの需給バランスが崩れ大規模停電を引き起こす可能性がある。その変動する調整をLNG(液化天然ガス)発電に期待をかけていたが、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発する市場の混乱・資源高が直撃した。加えてサハリンからのLNG問題もロシアの思惑一つで予測できない危うさとなっている。

日本のカーボンニュートラルは、このような複雑な事情をしっかりと捉えて、トランジション(移行期)戦略を丁寧に進めていく必要があると考える。2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画には、水素やアンモニアが加えられ、選択肢が増加したことは特筆に値する。

さて、まずやるべきことは、省エネであり、空調エンジニアリングが牽引すべき最も重要な課題である。それがリアリティかつ即効性のある脱炭素化への打ち手である。特に、日本の最終消費エネルギーの4分の3を占める熱分野での省エネは大きな効果をもたらす。再エネ電源へのシフトももちろん必要だが、前述したように特に自然変動性再エネの利用には、変動する発電量への対応の課題がある。工業国家の日本では、安定したエネルギー供給は必須であるので、足元では省エネに加え、それらの調整電源ともなり得るコージェネレーションシステムなどの低炭素型エネルギー高度利用システムの導入が最も現実的な解の一つと言える。メーカー各社は、既存の技術にさらに磨きをかけていることも事実だ。

同時に燃料そのものを脱炭素化していく事が必要である。水素や合成燃料の社会実装・普及拡大に取り組まなければならない。2021年カーボンニュートラル社会の実現に向けて社会実装を見据えた民間研究開発を支援する2兆円の「グリーンイノベーション基金」が公的資金で設けられ、水素や合成燃料関連等に1兆円弱が分配された。さらに20兆円の政府主導のGX基金も用意されている。

水素は、その由来に色を付けて分類している。再エネ電力で水電解するような水素は、グリーン水素で、化石燃料を蒸気メタン改質や熱分解によって製造された水素は、グレー水素と呼ばれている。グレー水素の製造過程から排出されるCO2を回収・固定化すれば、ブルー水素となる。目安としては、1kgの水素製造に対して、排出するCO2の量を2~3kg以下に抑えることが条件となりそうだ。グリーン水素が最もクリーンな水素であるが、コストを考えると先ずはブルー水素の社会実装から目指すべきだ。エネルギー需給構造の転換には、長い時間と膨大なコストに加え、S+3E*のバランスを保ちながら進めるという極めて困難な課題と丁寧に向き合わなければならない。すでにオーストラリアの褐炭から、水素を製造し、CO2は地中へ固定し、日本へ水素を運搬する実証プロジェクトが始まっている。今後、水素を受け入れる港湾地域では、水素ネットワークによる新たなエネルギー供給システムが構築されると考えられる。また、水素のメリットの一つは、CO2と合成させれば、都市ガスの原料であるメタンになるということである。つまり、既存の都市ガスのパイプラインを活用して、水素由来の「e-methane(メタネーション)」を供給する事で、余分なコストを掛けずに、カーボンニュートラル化していく事ができる。また、同様に水素から航空機や車両の合成燃料「e-fuel」も製造可能で、「e-fuel」の開発は日本の成長戦略の柱になり、将来的には、合成燃料輸出国になる可能性もある。

日本の既存技術やインフラを活用できる水素社会の実現を世界に先駆けて目指すことが、日本の急務であり、国には、水素サプライチェーン構築へ向け、例えば環太平洋諸国を取り込んだサプライチェーン実現等の様々な国際的施策展開を求めたい。

ユーザーは、引き続き徹底した省エネの推進を実行しつつ、CO2の絶対量削減を目指し、同時に、メーカーやエネルギー事業者は、水素の利活用に向けた技術開発やDR、VPPを視野に入れた新しいイノベーションを駆使したビジネスモデルの多様化を進めていけば、その先に、明るい日本の未来があると確信している。

本年、御社が創業100周年を迎えられることに敬意を表しつつ、次の100年に向かって益々のご発展を大いに期待しています。