未来への提言
「化学工学」は
絶滅危惧分野でよいか?
イノベーションを実現するための
人材育成に懸念
イノベーションセンター報 No.37, 2023
東北大学
大学院工学研究科
教授 工学博士
青木 秀之
2011年、東日本大震災と同年に、関西経済連合会から絶滅危惧分野の一つとして化学工学の名が挙がりました。化学工学分野は19世紀の米国における自動車産業と石油化学工業の発展を契機にMITに講座が設置され、「単位操作」を基盤としてものづくりを支える学問として発展してきました。2015年、化学工学会では、会員数の減少に危機感を抱き、会誌で「我が国の化学工学教育の今と未来-化学工学の発展を願って-」と題する特集号を組んでいます。中身を要約すれば、『1960年代からの我が国における産業の発展とともに化学技術者の需要が高まり、その人材作成を担うべく、多くの大学に「化学工学科」が設置されました。現在は名称が変更され、「化学システム工学科」と称する大学もありますが、教育の内容が変化しております』、とあります。記事から9年が経とうとしておりますが、化学工学教育の環境はますます悪化しているといわざるを得ません。この背景には様々な要因が考えられますが、国からの運営資金の減少による教員確保の難しさが大きな要因の一つと考えられます。教員数の減少は理学部と工学部の融合による理工学科への改組、工学部化学科の「応用化学化」(カリキュラムの上で応用化学が中心となり、化学工学カリキュラムであった「単位操作」を十分に教育せず、概論科目を用意することで内容を圧縮)が考えられます。筆者の属する学科では10科目20単位体制で化学工学に関する講義を2~3年生の段階で受講できるように用意され、学生実験や演習についても質や量を維持して来ましたが、教員数が減少すれば、この体制は維持できなくなることになるでしょう。科目が概論化されれば、範囲を維持したまま掘り下げが不足することになります。工業社会からは、製造業の会社にとって化学工学技術者が必要不可欠であり、プラントの運転・維持・管理や新規プラントの設計を行う上で、欠かせない人材となっています。多くのリクルーターの方々から、化学工学をきちんと学んだ学生を獲得したいとの要望をいただきますが、人材獲得の最前線におられる方々のご意見ですので、上述の通り、化学工学教育の質・量の低下により、素養をもった人材数の減少が進行しているとともに人材育成の重要性がわかります。また、2022年にはセミナー開催・書籍出版会社が、化学工学入門のセミナーの開催を計画するなかで、化学プラント等の「スケールアップ」の概念を、たった1日で理解してもらう講義を依頼されました。この背景には、化学工学人材の不足が工業社会で進行していることを示していると思います。一方で、AIの発展とともにその導入が人材不足を解決できるとして、数年前から工学部・電気情報工学科の倍率が高まる現象が起きました。最近は少しずつ落ち着いてきておりますが、情報系の人気が電気情報工学科の教育カリキュラムの改悪につながらなければよいと考えています。AIを工学分野で活用するためには、まず、AIの展開先で必要となる工学の知識を身に付けていなければなりません。その上でAIを活用することで効率化を図ることができる部分を絞り込み、設計や解析の時間短縮や高精度化を目指すことになります。最近のAI人気の落ち着きは、このような性質が次第に理解されてきたためと考えられます。大学においては、AI分野に興味のある学生を対象に、専門知識に加えてAIの素養もあわせて修得できる体制の整備が必要となります。さらに、このような社会の変革に対応し、教育・研究を行うことのできる教員が求められます。そのためには、大学が魅力ある職場であることをアピールすることも必要です。
随想のように書き連ねましたが、イノベーションの実現のためには、類い希なるアイデアを創出し、それを実現するリーダーシップと実行力が必要です。さらに随所で先輩や先人たちの知識や知恵が必要でしょう。この知恵や知識の伝承が、団塊の世代の定年時の問題として取り上げられたことがありましたが、イノベーションは若い世代の、過去に縛られない自由奔放で奇抜なアイデアがあり、それを汲み取って具体化する人材が相まって実現すると考えます。そのときには化学工学エンジニアをぜひチームに入れていただきたいと思います。
高砂熱学工業(株)とのおつきあいは、筆者が大谷茂盛研究室4年研究室配属時(1986年)から始まりました。当時、総合研究所仙台研究室が青葉山の東北大学工学部キャンパス内にあり、研究員の方々が常駐し、電力負荷平準化を目指した氷蓄熱の過冷却解除現象の解明に取り組んでおりました。その後、半導体工場用空気清浄装置内のガス吸収特性の定量化や建築設備用の統合型水素利用システムの開発研究について共同研究を実施して参りました。種々の研究に取り組むことができたことも人材の育成につながりました。また、本学工学研究科・工学部教育院が実施しているトップリーダー特別講義では、2017年、大内厚会長兼社長(当時)にご講義を賜ったこともございます。浅からぬご縁に感謝申し上げます。
「空気調和」が人を対象としたビルや施設から産業分野に展開する中で、カーボンニュートラルを実現することが求められています。技術の革新は待ったなしでありますが、イノベーションセンターにおける自由奔放で奇抜なアイデアの創出、そして研究開発の発展に期待いたします。