未来への提言
熱エネルギーを「見える化」し、“地域で再設計する”
―― ライフサイクル思考で拓く熱マネジメント
イノベーションセンター報 No.39, 2025

東京大学 未来ビジョン研究センター
教授
菊池 康紀
カーボンニュートラル(CN)を巡る議論は、再生可能資源からの電力の創エネ、蓄電や水電解によるエネルギー貯蔵、熱需要の電化、などといった「電力起点の転換」に関するものが多い。しかし、産業・民生を通じて社会が消費するエネルギーの多くは熱として利用されている。熱は、温度という“質”を伴う一方で、電力のように計量・融通されにくく、政策・制度設計や社会的合意形成において取り扱われにくい。結果として、熱需要の実態や温度レベルのミスマッチ、未利用排熱のポテンシャルといった論点が、十分に“見える化”されないまま今日に至っている。
私は、ライフサイクルアセスメント(LCA)――製品や技術を、その製造から廃棄・リサイクルまで一連の流れで評価する手法――や、マテリアルフロー分析(MFA)、産業連関分析(IOA)を軸に、将来技術の環境影響と社会実装の条件を定量的に捉え、当該技術を導入するプロセスシステム設計や、開発へのフィードバックを行う研究に取り組んできた。CNに向けた技術選択は、機器や技術単体の効率や性能だけで決まらず、技術が関係する“ライフサイクル”への配慮が必要である。電源構成、燃料調達経路、材料の質的量的投入状況、製造・施工、設備更新のタイミング、リサイクルを含めたライフサイクル全体で、物質とエネルギーの収支を把握し、気候変動に限らない総合的な環境影響の可視化や、規模としての実現可能性、地域経済・雇用への波及、といった多面的観点が不可欠である。
CNを強く志向するあまり、技術選択が単一の指標に偏ると、化石が支配的であったときに活用していた材料とは異なる質の材料需要を急増させ、「負荷の転嫁(burden shifting)」を引き起こしうる。例えば、熱需要の電化や、蓄電・電解の進展は、確かにCNへの効果が確認されているが、同時に希少金属への依存度を増加させうるものであり、適切な資源循環が同時に実現しなければCNな状態が持続不可能となる。一方、“熱”に焦点を当て、温度レベルに応じたエネルギーの質(エクセルギー)に基づく熱マネジメントは、高度な省エネを実現しうる。例えば、建物の暖房・給湯や、低温産業プロセスといった低エクセルギー需要は多く存在している。これに対し、重要なエネルギー源である太陽光や風力を、一度電力に変換し、さらに蓄電池や電解装置を経由して利用する場合、多くの希少資源と追加的なエネルギーを要する。低温熱需要に対してこのような高エクセルギー電力を用いることは、エネルギーの質の観点からみれば合理的とは言えない。温度帯別に需要を分解し、熱源・蓄熱・熱搬送・排熱回収を階層的に組み合わせる、“熱のカスケード設計”は、持続可能なCNに不可欠な観点といえる。もちろん、蓄電や水素化でなければ満たすことができないエネルギー需要も存在している。資源制約下にけるエネルギーシステムの設計は、熱と電力の形態を化石時代から再設計することといえる。
では、エネルギーシステム、とはどのような範囲で考えるものだろうか。第7次エネルギー基本計画は、2050年カーボンニュートラルに向けて、再生可能エネルギーの主力電源化、電化の推進、水素・アンモニアの活用、需要側の高度化などを柱として掲げている。国家レベルでの方向性を示す羅針盤として、その意義は大きい。しかし同時に、エネルギーシステムは本質的に地域資源と需要構造に依存するものであり、国全体の基本計画のみで具体的な最適設計を描き切ることはできないという課題も内包しており、かつ、熱マネジメントの具体像までは十分に描き切れていない側面もある。そもそも、再生可能資源の賦存量と供給ポテンシャルは地域ごとに大きく異なる。太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス、さらには未利用排熱や地中熱など、いずれも空間的に不均一である。一方で、エネルギー需要の量と質もまた、気候条件、人口構成、産業構造、建物ストック、都市密度によって変わる。寒冷地では暖房需要が卓越し、温暖地では冷房負荷が支配的である。工業地域では高温熱需要が存在する一方、都市中心部では低温域の空調・給湯需要が中心となる。さらに重要なのは、設計を静的に捉えないことである。エネルギー需給は時間とともに変化する。人口動態、産業構造、建物更新、技術進歩、電源構成の変化は、エネルギーシステムの最適解へ影響する。設計を一度決めれば終わり、という時代ではない。単年度スナップショットではなく、将来シナリオを組み込んだ動的LCAや、時系列需給シミュレーションと統合した評価枠組みが不可欠である。
日本はこれまで、エネルギーを全国一律のユニバーサルサービスとして供給してきた。しかし再エネ比率の拡大と地域分散型技術の普及は、その前提を揺さぶる。地域ごとの資源と需要に応じた個別最適設計を積み上げ、それを国全体の整合的なシステムへと統合する――この二層構造の設計思想こそが、次世代のエネルギー戦略に求められる。ただし、地域別設計を実装へつなぐには、環境性能だけでなく社会経済的な「推進力」や、地域側社会との対話が不可欠である。LCAやMFA、IOAといった技術の評価を“外部の専門家の報告”で終わらせず、対話の素材として創り直すことが、必要であり、専門知を有する産学と地域側と橋渡しができる公的機関の産学公連携により、取り組む必要がある。
熱は見えにくく、必ずしも社会全体で議論し尽されてきていないといえる。だからこそ議論と設計の余地が大きい。熱マネジメントは、単なる設備技術ではなく、社会のエネルギー構造を再設計する営みである。貴社が培ってきた空調・熱利用技術は、その最前線にある。本誌が、技術者・研究者・地域社会を結ぶ議論の触媒となり、日本発の持続可能なエネルギーアーキテクチャがここから生まれることを、強く期待している。